こんにちは、とうや伽緒です。

【終演お礼】

2019.03.09(土)

京都嵐山 音や『トウヤノセカイ』

みなさまの あたたかい応援、ご声援のおかげをもちまして、

無事終演いたしました。

お忙しい中、お足お運びくださり、

こころより感謝申し上げます。

お世話になり、ほんとうにありがとうございました!

思う存分トウヤなセカイ感を、歌いきることができました。

これからもみなさまの、こころ健やかな日々を、

お祈りいたしております。

 

 

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ライブ詳細は こちらへ『ライブの予定』 

ライブ会場にて、お待ちしています!!

   

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まばたきしている間に、季節は流れてゆきます。

いえ、わたしたちの時間そのものが 目を閉じた夢の中の出来事かもしれません。

わたしのHPに来てくださって ありがとうございます。

 

ホームページというか、『Heart Pieces』かな。

ブログ・Facebook・twitter・・・

書き散らかしてはいるけれど、どれもどんどん流れてゆくでしょう。

たくさんの情報の中で、船酔いしてしまうのです。

ここが一番 静かで心地よいです。

 

 

しかしここ、「まあまあ お座布団でも敷いて、ゆっくりしていってくださいな」と いいながら、バタバタとお片づけをしている 家庭訪問前のおうちみたいです。

押入れのすきまから こぼれてきた、しまい切れなかったいろんなものを、ばれちゃったものは しょうがないや~って感じで並べているので、もしなにか拾えるものがあったら、持ってかえってくださいね。

 

 

Hello Hello.

歌は、芋だ。

土の中でできた、芋だ。

 

わたしという茎からのびて、ぷっくり膨らんで、

水を吸い、闇を食べて、光の気配を感じながら、

あたためて、あたためて、掘り出した、芋だ。

 

ああキミは、こんな形だったのか、

と手に取って、触れてから思う。

 

あなたは食べてくれるのだろうか。

どんなふうに食べるのだろうか。

もしかしたら、もう一度、あなたの畑に埋めるだろうか。

 

この芋は、わたしの芋だけれど、

わたしが一番レシピを知らない気がする。

                      2019.早春

 

 

特別なことなんて、なにも要らないし、なにも無い。

当たり前のことも、どこにも無い。

ただ、それがそこにあることが必然として在るだけで。

わたしの目が、こころが、

どんなふうに見て、どんなふうに感じて、

そして何を思うか、ということに、自分の世界が完結するのだから、

わたしたちは、すごく自由だと思うのです。

                            2018.春

 

 

 

透明になりたいな、と思います。

それは、消えてなくなる、という意味ではなく、強くなる、ということに近いものです。

もっといい方法があるんじゃないか、と不安になると、もっともっと何かを足そうとして、そして、不具合の原因が何なのか、ますますわからなくなって、また不安になります。

ひとつひとつ軽くしていって、どんどん透明に近づいてゆけるといいな、と思います。

光は、いろんな色を集めると透明になります。

そんな光のような、深い深い透明に、なりたいのです。

 

 

                             2017.秋

 

年々、月日の経つのが早くなりますね。。

と口にするのはやめにしました。

年齢とともに、一か月一年・・・早く感じるのも理屈があるようで、まあ、そうなんでしょうけれど。

そもそも、時間は流れてゆくものなのか。

月が満ちて月がかけてゆく、生きるものが息を吸って吐く。

そんな中で、時間はのびたり縮んだり、ふくらんだり萎んだりしながら転げまわっているんじゃないだろうか。

わたしたちが見える範囲は ほんのちょっぴりだから、すーっと流れているように思うだけで。

 

 

 

 

 

                            2016.秋


 自分の言葉で、自分の音で、自分の歌をうたうことに、ずっと 国語のテストの解答用紙に書くような 大義名分がなくちゃダメなような気がしていました。

誰かが元気になってくれると いいな、とか、誰かの背中を押せるといいな、とか。

たしかに、そんなことができれば とてもステキだ。

そんなふうになると いいな、と すごく思う。

でもなんだかこの頃、みんなみんな わたしなんかより ずっとずっと がんばってて、わたしなんかが みんなを励ますとかなんとか、すごく おこがましいことだよな、って思えてきました。

わたしは たまたま、自分のうたを歌おうとか思いたって、そして 少しずつ 歌う機会もいただいて こうしているけれど、ちっとも余裕なんかなくて、いつも ちっこいことで どうしようどうしようって思ってる。

それでも もう少し 歌っていようとしていることに、正直 大きな旗は立てられていないけれど、あなたが そこで生きているのと同じ時系列で わたしがここにいて、それぞれが いろんな思い違いや思い上がりや勘違いや思い込みを抱えながら 七転八倒している事実があったりして。

いつか そんな日々が、いとおしいな、という気持ちでくるまれて 手の中にもどっていって欲しいんですよ。

簡単なことかもしれないし、とても難しいかもしれない。

難しくしているのは なんだろうなぁ。




 2015.春

自分が、こうありたいなぁと思う理想と、日々の現実とのギャップは、向上心につながるものではあるけれど、取り扱いに気をつけないと、ちょっとしんどいものであります。

なんというのか、家族の中で、あるいは勤務する職場の中で、きちんとしなければ、しっかりしなければ、と けっこう強く思い続けていて、ちゃんと そうしているつもりで暮らしていたのだけれど、どうも最近、いろいろ ずれてることが多い気がしてきました。

ボケてきたのかもしれません。

それは困ったな・・・とおそれつつ、天然、という言語をここにあてはめてみたら、なんだか ふっと体が浮きました。

そうだな、天然を極めるのも悪くない。

ひとつずつ、解放していけるといいな。

 

2016.新春